Data informed Crafts① CONTEXT_1

Summary

私のチョコレート愛は、ドイツ製「ミルカ」の「アルペンミルク」との出会いによって、より一層深まった。

「ミルカ」の「アルペンミルク」は、舌の上でゆっくりと溶け、口内の隅々までをココアの豊かな香りと味わいで満たしてくれる。

糊付きのパッケージは開封後も再封でき、私のように「一列」ずつ楽しむ食べ方に最適だ。

デパ地下の高級チョコレートも、コンビニで見つけられる手軽な板チョコレートも良いが、「アルペンミルク」を知ってしまうと、どれを食べても物足りなく感じてしまう。

独特な厚みや溶けるような柔らかさは、ココアの濃厚な味わいを一層引き立てる。控えめな甘さもまた、深いココアの味わいをゆったりと楽しむことに向いている。

これこそ、私が長年探し求めていたチョコレートの理想像なのである。

最近、コンビニなどで消費者に製品をより分かりやすく伝えるために、内容成分を「データ化」しているチョコレートを時々見かける。

ミルク感や酸味、ナッツ感などを視覚的に(しばしばレーダーチャートとして)示すこの方法は、我々消費者に対して分かりやすく味の特徴を教えてくれる。

ところで、「データ化」することは、「分節化」することを必要とする。「分節化」とはつまり「言語化」、そして「概念化」である。

レーダーチャートで示される「ミルク感」や「酸味」、「ナッツ感」は、消費者に味の特徴をわかりやすく伝えるという目的に合わせた分節である。

本来、これらの文節は、個々人によって異なる主観的な判断軸であるため、正しくデータ化することはできない。

一口にミルク感と言っても、具体的にはミルクの種類やミルクの量、脂肪分、甘みとのバランスなど複数の文節によって構成されており、これらの客観的な数値で示される要素の方がデータ化するには正しい分節である。

ミルク「感」という文節は、データとしてはあまりにも不安定だ。

ところが、消費者に特徴をわかりやすく伝えるという意味では、データとしての正しさを担保できる文節は「正しくない」。

問題は、私がチョコレートに求める「ココア感」や「厚み」といった要素が表示されていないことである。

既存のチョコレートのパッケージに描かれているような分節では私の好みは捉えることはできない。

いや、そもそも、私のチョコレートに求める「あの感じ」は「ココア感」や「厚み」という分節によって捉えることができるのだろうか。

仮に表示されている特徴の軸を無限に増やしたとして、果たして、私の好きなあの「チョコレート体験」は、データによって、さらにいうと、言葉という分節によって表現できるのか。

ここまで「ミルカ」の「アルペンミルク」の味わいの魅力について語ってきたが、そのパッケージもまた、私のお気に入りである。

鮮やかなバイオレットの背景、紫色と白の牛のイラスト。チョコレートというよりは、まるで牛乳のパッケージのようだ。

この独特のデザインは、茶色だらけのチョコレートの陳列棚で異彩を放っており、私の好奇心を刺激した。

しかし、このパッケージの訴えるミルキーな印象とは裏腹に、私がこのチョコレートに求めるのは、ココアの深い味わいだ。

パッケージの視覚的な訴求力は確かに重要だが、それだけでは商品の本質的な美味しさを完全に伝えることはできない。

消費者一人ひとりが持つ独自の味覚体験は、どんなに洗練されたパッケージよりも複雑で捉え難い。

「ミルカ」の「アルペンミルク」は、購入を促すために最適化されたパッケージデザインと、テキストやイラストだけでは表現できない味覚、という2種類の情報の存在を教えてくれる。

「アルペンミルク」におけるパッケージ・中身と同様の関係性は、Webの世界でわかりやすく見られる。

Webの世界、いわゆる「ワールド・ワイド・ウェブ」は、文書中に別の文書のURLへの参照を埋め込むことでインターネット上に散在する文書同士を相互に参照可能にするシステムである。

この世界は、大きく2種類の構成要素によって成立している。一つは、「広告型」の情報、もう一つは「コンテンツ型」の情報だ。

広告型は、瞬間的な注意を集め、短期的な行動変容に焦点が当てられていることに対し、コンテンツ型はより深い情報や物語を提供し、長期的な心理変容に焦点が当てられている。

例えば、Youtubeの動画はタイトルやサムネイルという広告型の情報と、動画そのものというコンテンツ型の情報の2つの情報によって成立している。

データサイエンスでは、広告型のような短期的な効果を測定するのには適しているが、コンテンツ型のような主観的な体験を捉えるのは難しい。

これは、短期的で行動変容を重視する広告型の方が客観的に観測・データ化しやすいためである。

マーケティングの世界では、コンテンツ型を効果を測定しやすい広告型のようなモデルに変えることで、効果を可視化するという取り組みが増加している。

近年、心理変容を狙ったブランディングよりもデータ化がしやすい行動変容、つまりWebサイトへの流入や販促効果を狙ったCMがよく見られる。

 

しかし、データで捉えられない実体・事象を簡単に無視して良いのだろうか。

データ偏重の態度は何か重要なことを忘れてしまっているのではないだろうか。

主観的な感覚・体験をどうデータ化するか、そもそもそれが可能かどうかということを正面から考え、データを使ってより良い体験を生み出すことができないだろうか。

このシリーズでは、データとクリエイティブの世界において、新たな視点からの挑戦を語っていく。

「料理は愛情」 -- 陳健一

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